minamiwaのニットカフェ

○イリュミナシオン　低俗なノクターン　 ジャン・ニコラ・アルチュール・ランボー（闇雅人 意訳） 　　　　低俗なノクターン 　吹きつける風が仕切りの壁にオペラ風の穴を開けて ―― 浸蝕された舞台の主軸の回転が乱され ―― 家々の煖炉の境目が散らされて ―― 窓に影を落とす。 ―― 葡萄の蔓に沿って排水溝に片足を置いた後 ―― 起伏のあるガラス窓、円い羽目板、歪んだ座席を見れば、いつごろの時代の代物か判別できる四輪馬車に俺は乗る。 ―― 「俺が眠る霊柩車」、「孤立した俺の愚行が暮らす羊飼いの小屋」とでも呼ぶべきこの乗り物は、すでに消えてしまった街道の跡、芝草の上で曲線を描く。右のガラス窓が欠けており、そこから外を見れば、青白い月のような顔、木の葉、乳房が回転している。 ―― 濃厚な緑と青が映像に侵入する。砂利の傷痕のあたりで、馬車から降りる。 　―― ここで嵐を、ソドムの街を、聖地ソリムを ―― さらに猛獣と軍隊を呼ぶために口笛でも吹けばいいのか。 　―― （夢の馭者は獣たちを連れ、再び窒息するような樹林を駆けて、絹の泉に俺を眼もとまで沈める気なのか）。 　―― 押し寄せる波や溢れ出した酒の中で、俺は鞭で打たれてよろよろ歩き、番犬どもの吠える声に追われて転げ回るのか……。 　―― 風が吹いて、家々の煖炉の境目が散らされる。 　　　　低俗なノクターン　解説 　同じ原詩を使用したか不明だが、小林秀雄と宇佐美斉先生の翻訳がかなり異なる散文詩。「ノクターン( N o c t u r n e )」は「夜想曲」という意味。 「窓に影を落とす（ é c l i p s e l e s c r o i s é e s ）」を小林秀雄は「硝子の窓々に月蝕を作る」と訳し、宇佐美先生は「ガラス窓を翳らせる」と訳している。曖昧な表現なので困惑したが、今回は宇佐美先生の解釈に従う。 　だが、原詩の題名は『 N o c t u r n e v u l g a i r e 』で、小林秀雄は『平凡な夜曲』、宇佐美先生は『卑俗な夜想曲』と訳しているが、この「低俗・平凡・卑俗」がきな臭い。「 é c l i p s e l e s c r o i s é e s 」を「十字架を日蝕する」と直訳し、「十字架が日蝕によって隠される」と意訳することが可能なため、題名と表現に「キリスト教に対するランボーの嫌味」が存在するような気がする。 「 D é t e l a g e a u x e n v i r o n s d 'u n e t a c h e d e g r a v i e r 」は直訳すると、「砂利の傷のまわりで自由にする」、または「砂利の傷のまわりで連結を解く」という意味になる。このため、小林秀雄は「砂利が一塊り汚点をつけてゐる近く、乗物を捨てる」と訳し、宇佐美先生は「砂利の斑点のあたりで、馬を車から離す」と訳した。これにも困惑したが、「乗り物が止まった」ことに変わりはなく、「砂利の傷痕のあたりで、馬車から降りる」と意訳してみた。 『イリュミナシオン』には、「幻想的光景を見た後、現実に戻る」という作品がいくつかあることを宇佐美先生は指摘している。『低俗なノクターン』も「訳のわからない散文詩」に見えるが、「風に吹かれる煖炉の炎から『幻想的光景』を目撃したのも束の間、また風に吹かれて現実に戻る」とだけ解釈し、「幻想的光景」に関しては読者がいろいろ想像して楽しめばいいと思う。 　なお、「ソドム」は「『旧約聖書』に登場する悪徳の罰で神に滅ぼされた街」で、「ソリム」は「ユダヤ教・キリスト教・イスラーム（イスラム教）の聖地エルサレムの古名」。 参考引用文献 『考えるヒント４　ランボオ・中原中也』　小林秀雄　文春文庫、文藝春秋 『ランボー全詩集』　宇佐美斉　訳　ちくま文庫、筑摩書房 『 A R T H U R R I M B A U D T O U S L E S T E X T E S 』